チーズの目 31

 ふと僕は思った。
 僕たち犬は、かなり好奇心が強いんじゃないかって。
 匂いに誘われていろいろなものに鼻を突っ込んでしまう習性っていうのは、僕たちの好奇心の発露だと思う。
 ここの家のパパに聞いたことなんだけれど、人間の場合の好心には2種類あって、
 WHAT型の好奇心とWHY型の好奇心があるんだって。
 そして、WHAT型よりもWHY型の好奇心の方が、価値的には上なんだって。
 じゃあ僕たちの好奇心ていうのは、WHAT型だよね。
 この匂いはなんだっていう好奇心なんだもんねぇ。
 なぜ、この匂いはしているんだっていう好奇心じゃないもんなぁ。
 開き直るわけじゃないけれど、それでもいいじゃないかって、好奇心がないよりあるほうが
前向きだろうって。
 たしかに、疑問をもった好奇心の方が、脳の中のニューロンがあたらしい回線を開通させるから、これはなんだっていう好奇心より、考える脳的にはいいんだろうっなって一応納得はできるんだけれど。
 何でこんなことを考え始めたのかっていう入れ子型の思考を始めだした。
 きっと暇だからかな。
 暇だといろいろとつい考えなくてもいいことを考え始めるんじゃないのかな。
 たとえば、「生きるとは?」とか「本当の愛とは?」とか「金を儲けるには?」とか、暇だけじゃないな、切羽詰った時も、考えるのか。
 でも、今の僕はそんな切羽詰った状況でもないから、僕の場合は、きっと暇なんだ。
 
 朝の散歩は、珍しくここの家のパパが同行してくれた。
 ちょっと風が強くて、立ち止まることがあったけれど、あったかくて気持ちのいい散歩だった。
 今日は、ここの家の長女の引越しで、今ここの家のママと長女と次女が出て行った。
 僕は、連れて行ってもらえるんじゃないかと気が気でなかったんだけれど、結局、僕とここの家のパパは、取り残されていつもの留守番。
 そして、僕は少しいじけて、いつもの指定席で身体を丸めている。
 今、流れている音楽は、ホリーズクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングのグラハム・ナッシュが参加していたバンド)のベスト作品集。
 そして、今は、スピリチュアライズドの「宇宙遊泳」。
 題名の通り、空中に浮遊している感じ。
 眠りの世界に引きずり込まれていきそう。
 ただ単に寝不足なのかな?


 昼過ぎになって、ここの家のパパは外出の準備をはじめた。
 僕も連れて行ってもらえそうだ。
 風は、午前中よりも強くなっているけれど、その影響か、見渡す限り空には薄い半透明の膜のような白さに覆われてる。
 でも、雲は浮かんでいない。
 その半透明の青さの中を銀色の旅客機が、まるでプラモデルのようにゆっくりとしたスピードで横切っていく。
 割と早い時間に外出すっていうことは、少し遠出かなと期待を持つ。
 M運動公園に着いた。
 この運動公園は、野球場と陸上競技場と柔道・剣道の道場、バレー・バスケットの屋内練習場とを具えた、かなり広い公園なんだ。
 公園には、僕たちと同じ目的で来た人たちや、犬がいた。
 野球場の回りをぐるりと囲んだ八重桜は、今が満開で、ピンクの花で賑やかだ。
 観覧席は、今日のこの風の影響なのか、ピンク色でびっしりと埋め尽くされている。
 球場外の道路にも八重桜のピンクが、風が吹くたびに空中散歩をし、道路の端に固まる。
 そして、僕はその塊の中に鼻を突っ込んで、何かないかなと探索。
 その野球場の周りを半周した所から、道路の片側石垣になっているんだけれど、その石垣の上に立ったジャージ姿の女子中学生が、伸びた八重桜の枝を掴み揺する。
 そして、その枝の下に居る3人の同級生と思われる女の子が、
 「わぁ、桜吹雪。桜吹雪。」と言って軽いダンスを舞っている。
 僕が少し見上げた時、ここの家のパパは、その女子中学生の姿をちょっとだけ嫌な顔をしながら通り過ぎていった。
 野球場を1周する頃に、その桜の日陰に6人の女性たちが居た。
 4人の老女は、横に並んで車椅子に座り、その両端に4人の老女よりは若い女性、きっと介護の人だと思うんだけれど。
 僕たちがその傍を通り過ぎようとした時、左端の女性が僕に声を掛けてきた。
 それで、僕はその女性の傍に近づいたら、その女性は半腰になって、僕の頭を撫でてくれた。
 その隣の老女は、僕に手招きをしてくれたので、その人のところに行ったんだ。
 そしたら、その人も僕の頭を撫でてくれたので、そのお返しにその人の手を舐めてあげた。
 その人は迷惑そうな顔をしなかった。
 左端の女性が、桜の花びらで敷き詰めらた道の上に居る僕を見て、
 「ピンクの中に白が映えるね。」って僕の白い毛を誉めてくれたんで、うれしかった。
 それから、「オスですよね。」って、左端の女性が、ここの家のパパに聞くと同時に、ここの家のパパは「オスです。」とぶっきらぼうに一言答えていた。
 でも、なんか照れていたようにもみえたなぁ。
 落ちている八重桜は、花びらだけじゃなくて、花の房をいくつもつけて、根本からおちているものもあるんだ。
 これも、今日の風のせいなんだろう。