生まれた町の動画。

Youtubeで生まれた町を検索すると、ヒットしました。

観光案内の動画と昔の写真を年代順に並べた動画がありました。

観光案内の動画は、興味がもてませんでしたが、昔の映像は、駅前を中心としたものだったけれど、かつて目にした風景だったので、懐かしさを覚えました。

ただ、途中からは、生まれた町を出た後の画像なので、そういうことがあったのかという感覚です。

既に、あの町で暮らした時間より、外で暮らした時間の方が倍以上も長くなってしまった。

画像として記録に残すことは、洞窟時代に暮らしていた先人も岩に絵を残したのと同じ思いなんだろうか。

自分は映り込んでいないのに、目にしたものを記録として残すのは、後世の人たちへの贈り物という想いなのかもしれない。

作者の妄想ともいうべき物語等を残すのも、同じ想いなんだろうか。

後世の人間である自分としては、先人の作品のほんの一部を享受しただけで、未知のものの方が圧倒的に多いから、とてもではないが、生きている間に目にすることは、不可能だ。

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