途中下車(西日暮里)

 あれは、桜の咲く暖かい日曜日だった。
 谷中霊園の桜見物をしようと千代田線西日暮里駅を出て、諏訪台通りを通り抜け、谷中霊園にたどり着く。
 さすがに晴れた日曜日、桜の下では酒盛りが、あちらこちらで行われている。
 そんな酒盛りを横目で見ながら、園内をぶらつく。
 こちらも、花見に出てきたんだと、コンビニで発泡酒とつまみを買い込む。
 発泡酒を飲みながら、桜見物を続ける。
 どこをどう歩いたかははっきりしないのだが、かなり風情のあるお寺に着いた。
 寺の中には、たくさんの石仏が所狭しと置かれている。
 とりあえず一通り見てみようと、ぐるりと寺内を歩き始めた。
 一通り見終わったので、寺の門をくぐって、すぐ近くの休憩所(といっても雨よけの屋根の下に長ベンチと灰皿入れがあるだけ)のベンチに座り煙草を一服。
 さっきの発泡酒と午後の陽射しの暖かさに、睡魔が襲ってきた。
 煙草の火を消し、とりあえず睡魔にまかせよう。
 
 ふと、目覚めると、となりにかなりやせ細った優しい目をした老人が座っていた。
 そして、その老人は、ポツポツとここにある石仏に関する話を語り始めた。
 最初は、なんておかしな話をする老人だと思っていたのだが、だんだんとその老人の話に引き込まれていった。
 ここに安置されている一つ一つの石仏の話を。
 それは、悲しい恋の物語、時代に抗えなかった武士の無念な物語、大地震で逃げ惑う人たちの話、先の大戦で空襲にあった人たちの話。
 そんな悲しい話に夢中になっていた。
 突然、老人の声が、ばったりと止まった。
 ふと、隣を見るとそこにはさっきまでいた老人は居なくなっていた。
 さっきまで話してくれた老人は、・・・。
 ベンチの後には、大きな古い楠が風に吹かれている。
 もしかしたら、この楠の主が、ここから見たことを風に乗せて語ってくれたんだろうか。
 そう思いながら、私はこの寺を後にした。