[随感日記]叔母の通夜。

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今日は、朝早く出勤して、先週に引き続き通院介助。
先週の失敗があったので、早めに事務所を出たけれど、利用者さんの血液採取に手間取ったために、内科の検診が大幅に遅れて、結局終わったのが、12時過ぎ。
その間、利用者さんは待ち時間に苛立ち、奇声を発する、唾を吐くので、近くにいた看護婦さんに窮状を伝えて、「早くなりませんか」と申し出たところ、すぐに診て貰えた。

今日は、叔母の通夜なので、早退してかつて通勤に使っていた電車に乗って「多摩センター」まで行きました。
乗車時間1時間なので、読み残した本をカバンに入れて、読もうとしたのですが、心地よい振動に眠ってしまいました。
「多摩センター」駅到着。
iPadを頼りに、式場に到着。
全く知らない人たちに戸惑うが、会場に飾られた花には、叔母(母にとっても)の弟と妹(私にとっての叔父と叔母)の名前を見つけ、叔母の通夜の会場に間違いないと確認し、開式もすぐ始まるとのことなので、取り敢えず席に座って、開式を待っていると、叔母のこれまでの歴史が語られ始めた。
叔母は、大正14年12月3日生まれだった。
母とは、10歳違いだったことを初めて知る。
30年前におじさんは、亡くなり、子供が3人に孫が7人。
曽孫も7人とのことでした。
間違えて一般の席に座ったものですから、焼香の後は、退席するようにと係の人から誘導されたのですが、親族席の末席にH田夫婦が居たので、声を掛ける。
こちらは、15年ぶりの再会。
先方は、吃驚してました。
「お母さんの葬式には、行けなくてごめんね。」って言われたものだから、ついiPadに撮っていた母の死に顔を見てもらいました。
通夜の読経が終わったあと、祭壇の叔母の死に顔を見せてもらいましたが、昔の面影はなく、すっかり変わってました。
喪主は、三女夫婦でした。
取り敢えず挨拶だけと思って、三女の方に声をかけました。
叔母には、私の母の死は伝えなかったとのことでした。
伝えると、連れていかれそうだったからとのことでした。
母の死の1週間後には、叔母は、入院することになったとのことでした。

帰りは、H田夫妻と私は、長女の息子さんが、駅まで車で送ってくれました。
今回の叔母の通夜で、H田夫婦も、初めて亡くなった叔母の家族全員に会えたと喜んでいました。
確かに、結婚式か葬儀でないと親族が集まることは無いです。
出来ることなら、亡くなる前に一度会っておけば良かったと少し後悔してます。