帰郷 1

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無人駅のプラットフォームに一人の男が降り立ち、乗ってきた電車が遠ざかるのを見送っている。
いま、プラットフォームに立っているのは、その男を含めてて3人だけである。
男は、プラットフォームから改札に続く線路下のトンネルを潜り抜け、駅舎を出た。
男の頭上には、瀬戸内の透き通るような青い空と容赦なく照りつける太陽があった。
駅の周りに植えられた桜の木からは、うるさいほどの蝉の声が聞こえる。
電車の冷房で冷え切っていた男の身体からは、汗が噴出し始めている。
男は、男の母親が勤める近くのスーパーに立ち寄り、家の鍵を預かろとした。
だが、男の母親は、
「もう少ししたら、仕事も終わるけん。
それから、一緒に帰ろ。
それまで、隣の喫茶店でコーヒーでも飲んで待っとって。
今帰ったって、家には誰もおらんし、父ちゃんが帰ってくるのはまだじゃけん。」と言った。
「じゃあ、そうするよ。」と、男はスーパに隣接する喫茶店に入った。
男は、ウェイトレスに「アイスコーヒ1つ。」と注文した。
ウェイトレスは、少し怪訝な顔をして、
「ああ、冷コーのことね。」と男の注文を訂正した。
それから、男はカバンの中から今まで電車の中で読んでいた文庫本を取り出し、読み始めた。

母親が仕事を終え、夕飯の食材をそのスーパーで調達し終えたと、男に帰ることを告げに来た。
男は、清算をしようと入口近くのレジに近づいたが、
「あんたの母ちゃんがもう清算してもろうたけん、ええよ。」と、その喫茶店のマスターに言われ、男は外に出た。
母親は、「じゃ、先に帰っとくわ。」と、男を残して自転車を漕ぎはじめた。
男は、瀬戸内の特有の夕凪で、まだ暑さは残って中を歩き始めた。
男が、家にたどり着いた時には、母親は洗濯物の取り込みを終え、夕飯の準備に取り掛かっていた。
男は、仏壇に線香を上げ、いま帰って来たと心の中で祖母に報告した。
それから、しばらくして父親が、工場から帰って来た。
父親は、すぐにシャツとズボンを脱ぎ、ステテコに腹巻姿で冷蔵庫のドアを開けながら、
「お前も飲むんだろう。」とビールを1本取り出し、コップを2個持ってきた。
父親は、コップの一つは手前に、もう一つはその男の手前に置いた。
「どうだ、東京には慣れたか?」と父親は、自分コップにビールを注ぎ終え、男の手前にあるコップにビールを注ぎながら聞いた。
「まぁね。」と、男はボソッと答えた。
「そうか。」と2人の会話は、それ以上は続かない。
黙って、2人がビールを飲んでいる間に、母親は黙って台所で夕食の準備に忙しく立ち回っていた。



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