瀬戸内海の夕暮 トット君 3

凪がはじまる夏の夕暮になると、トット君は、自転車を漕いで近くの海の見える小高い丘にやってくる。
丘の手前に自転車を止めて、その小高い丘につながる山道を上る。
頂上には松並木に囲まれた少し開けた原っぱと、無人の小さな灯台が立っている。
その小高い丘から、瀬戸内海に浮かぶ島々を見るのが好きだった。
その小高い丘から、海を越えた先にある山に沈む夕陽を見るのも好きだった。

たまに、雲のないときには、四国の山が微かに見えた。

その小高い丘には、トット君のほかには誰も来ない秘密の場所だった。
何も考えず、一人ボーッと海を見ているのが好きだった。
たまに、その丘の上の海に近い所に、花束が小さな瓶に活けられていることがあった。
トット君は、無意識の内にその花束がある時は、手を合わせていた。

そんなある日の夕暮時のこと。
いつものように丘に登ってみると、誰もいないはずのトット君の秘密の場所に、トット君と同じくらいの年齢の女の子が一人いた。
トット君が、住んでいる町は小さな町で、中学校・高校も1校だけだ。
トット君が、通っている高校では、見かけたことのない女の子だった。
その女の子は、トット君を見ても、それほど驚いているようには見えなかった。
トット君は、隣町の高校に通ってる子かなと、無理してその女の子を気にしないように努めた。

すると、その女の子の方から、トット君に話し掛けてきた。
「この近くに住んでるんですか?」って、
「いいえ、自転車で20分くらいの所から来てます。」
「そうなんですか。
よくここに来られてますよね。」って、その女の子は、優しそうな声で言った。
トット君は、吃驚した。
今まで、ここで、誰かに会ったこともない。
誰かと行き違うってこともない。
トット君が、ここによく来ることを知っている人もいない筈なのに。

そして、その女の子は、ちょっと悲しそうな声で、
「実は、私はこの海岸近くで事故にあったんです。
いつも、あなたが、私の花束に手を合わせてくれるので、一言お礼を言いたくて。」という言葉が終わらないうちにその女の子はトット君の目の前から突然消えてしまった。
いま、目の前で起きたことが現実だったのか、それとも夕凪の中で見た幻想だったのか。
トット君には、判断がつかなかった。



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