さよなら。

1979年秋早朝。
1人の男が、大宮駅の売店五木寛之「奈津子 上」を買い、駅の改札口に入っていった。
東京駅で新幹線に乗換え、東京駅から1時間程の駅に着いた。
目的地までのバスを探し、男はバスに乗り込んだ。
目的地でバスを降り、近くの喫茶店で昼食を取る。
店の女主人に、「見かけない方ですが、近所の方ですか?」と問われ、「いいえ、違います。ちょっと人に会いたくて来てみたんです。」と男は、女主人のぬくもりのある言葉にボソッと答える。
それから、男はその女主人と他愛のない会話を交わし、その喫茶店を出て、近くの電話ボックスからこれから会う相手の勤務先に電話を掛けた。
昼休み時間を見計らって、電話相手に迷惑は掛らないだろうと思いながら。
男「もしもし、○○市立病院ですか?
  Bと申しますが、薬剤師の△△さんは、いらっしゃいますか?」
交換手「はい、、○○市立病院です。
  薬剤師の△△ですね。
  少々、お待ちください。」
電話越しに、さっきの交換手が女の名前を呼ぶアナウンスが聞こえる。
女「お電話変わりました。
  △△ですが、どちらさまですか。」
男のボソッとした声のため、きちんと取次ぎされていなかった。
男「もしもし、俺だけれど。」
女「何。こんな時間に?どこから?」
男「久しぶりに休みが取れたから、君に会いたくて来たんだけれど。
  仕事が終わったら会えないかな?」
女「えっ、何。
  何。
  突然。
  前もって連絡してくれればいいのに。
  今、この町にいるの?」
男「ああ、居るよ。
  いや、君を驚かせたくて。」 
女「今日は、ちょっと予定があって、そんな時間取れないよ。」
男「ああ、それでもいいよ。
  病院の前で、待ってる。」
その日は平日であった。
男は、休日出勤の代休を取って、この町にやってきたのだ。

男が、女と会うのは、1ヶ月ぶり。
最後に、二人が会ったのは、男が夏期休暇で帰郷した帰りに、途中下車して女の実家に泊まった時だ。
昨年の夏、女は学生時代最後の下記夏休み旅行先として、男の実家を選んだのだ。
そのお礼として、女の母親から、今回男は女の実家に呼ばれ、泊まることになった。

その日の夕刻、病院の従業員専用出入口から5人の女性が出てきた。
その中に女がいた。
女は、男の姿を見つけ、周りの同僚に何か説明をして、男の方に近づいてきた。
男「ごめん。突然会いに来て。」
女「うん。」
男「どこか喫茶店へ行こうか?」
昼間の喫茶店を避け、別の喫茶店を選んで入った。
1ヶ月ぶりに会った二人だけれど、二人の会話はあまり弾まなかった。
女「ごめん。もうそろそろ友達との約束の時間だから。」
別れ際に、女は男に、
女「私、これから、あなたの母親とか、妹になることはできるけれど、それ以外はムリ。」
男は、女の言葉に、頭の中は真っ白になり、何か重たいものを飲み込んだような胃の痛さを感じた。
男は、女の突然の心変わりが、信じられなかった。
それから、二人は喫茶店を出て、バス停まで歩いた。
少ししてやってきたバスに男は乗り込んだ。
男は、バスの最後尾に座り、女がそそくさとバス停を去っていく姿を見ていた。
それが、男が女を見た最後の姿だった。

そして、男はその当時流行っていたオフコースの「さよなら」が流れると、なぜかあの日を思い出すのであった。
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