風に舞う帽子

 その日は、風のある12月の日曜日だった。
 私は、千代田線の新御茶ノ水駅を下車して、駿河台台地から飯田橋方面へ坂道を下っていた。
 ちょうど前から坂道を上ってきた老人とすれ違う際に、突然突風が吹き、その老人の帽子が飛ばされ、崖の木の枝にぶら下がった。
 私は、とっさにその帽子を取ろうと、鉄柵を乗り越え、その鉄柵を左手で掴み、右手をその帽子に手を伸ばすのだが、僅かながら届かない。
 枝のある木に片足を引っ掛けて、再度挑戦しようと試みた。
 だが、足をかけた木は、かなり弾力性があるため、しなってしまい、私は2メートルほどの崖に滑り落ちてしまった。
 その木をよじ登ろうとしたが、落下した時の体の痛みで体がきしむのと木が細く上っていく私の体重に耐えられるかなという逡巡はあったが、なんとか登りきることができ、その老人の帽子を奪還することができた。
 鉄柵を乗り越え、その老人に帽子を手渡した。
 老人は、私に謝礼の言葉を言い、自分の現状を話してくれた。
 それによると、この老人は、近くの病院に長期入院中で、晴天なので外出許可を貰い、散歩に出てきたとの事であった。
 それから、坂を下りるにつれ崖の高さは低くなり、最後には歩道と同じ高さになることがわかった。
 これならば、最初からここまで来て、それから帽子を取ればよかった。
 そうすれば、崖から落下して、したたかに身体をうつこともなかったのにと、苦笑い。
 今後は、自分の体力を考えない無謀な行為を慎もうと思ったしだいである。