チーズの目 39
今日は、曇天模様。
珍しくここの家のパパが早く起き出して、僕を朝の散歩に連れて行ってくれた。
外は少し肌寒く、風が強い。
小学校に向かう女の子の手には傘。
会社に向かうサラリーマンの手にも傘。
今日の天気予報は、まだ確認していないけれど、雨が降るんだろうなぁ。
空を見上げると、一番高い所に白い膜(雲なのかなぁ?)が太陽を遮っている。
太陽は、その膜に負けじと朝の光を放つ。
まるで、白いセルロイドの下敷きで太陽を見ているみたい。
でも、太陽は黄色っぽくはない。
そのずっと下を黒く垂れ込めた雲が、風に追われるようにして飛んでいく。
結構速い速度で動いていくから、きっとあのあたりは風が強いんだろうなぁ。
今日は、いつもの散歩コースだ。
そして、いつものように路地裏の突き当たりの階段を小走りで駆け上がったんだ。
すると、後ろから誰かが呼び止める声がしたんだ。
それで、僕は地面に座り込み、呼びかけてきた声の主を探したんだ。
ちょうど、いま僕が駆け上がってきた階段脇の家から、さっき僕に呼びかけてきた主が同行者と出て来るところだった。
僕は、ここの家のパパが、
「チーズ行くぞ。」って言う声と引っ張るリードを無視して座っていた。
出てきたのは、ダックスフンドさんとそこの家のおばさん。
僕は、そのダックスフンドさんに近づいて行ったんだ。
ダックスフンドさんも僕に近づいてきたんで、いつもの挨拶。
そうすると、ダックスフンドの同行者が、ここの家のパパに
「お宅の犬は、オスですか?」って、聞いた。
「ええ、そうですが。」ってここの家のパパが答えた。
「うちのはメスなんですけれど、13歳だから、もうおばあちゃんで白髪も出てきてるんですよ。
お宅のは、いくつなんです?」
「うちのはまだ4歳ですよ。」
「まだまだ若いわねぇ。」
その会話の間、僕はダックスフンドのおばあさんのお尻の匂いをずっと嗅いでいたけれど、拒否はされなかった。
「人間だといくつぐらいなんですかねぇ。」って、最近世間話をするようになったここの家のパパが質問した。
「そうですねぇ。人間だと80歳ぐらいになるのかなぁ。」
「あまり犬の種類のことはわからないんですけど、おたくの犬の種類はなんです?」
「ああ、この子は、ダックスフンドなんですけどね、もう1匹居るんですよ。
その子は、ポメラニアンでこの子より年上で16歳なのよ。」
僕は、もう少しダックスフンドのおばあさんの近くにいたかったんだ。
だけれど、ダックスフンドのおばあさんは、なんか咳込みはじめたんだ。
そしたら、その同行者のおばさんが、
「年なんですね。首輪がちょっとでも首に締まると咳こんじゃうみたいで。」って、ここの家のパパに説明していた。
それで、僕はダックスフンドのおばあさんと別れていつものコースを辿って帰宅。
ここの家の家族が皆外出して、僕はいつもの指定席で丸くなって感慨に浸っていた。
ここの家のパパが、外出から帰ってきた。
でも、なんだか動くのが億劫だから、そのまま横たわっている。
そしてここの家のパパは、図書館から借りてきたティヌ・リパッティさんの演奏するショパンさんの「ワルツ集」の音楽が流しはじめた。
そのピアノの軽やかでときに力強い音たちが、やさしく身体全体を包んでくれる中で、いま僕は眠っているんだな。
きっと・・・・。