チーズの目 23

 午前3時
 こんな真夜中だから、僕は眠っているんだ。
 なのに、ここの家のパパがカタカタと何か音をたててるから、つい目が醒めてしまう。
 「しずかに眠らせてくれ。僕は眠っているんだぞ。」と軽く鼾をかく。
 でも、ここの家のパパは、僕のクレームを無視してカタカタと何かキーを叩く音を立てている。
 今度は、二階のここの家の長女の部屋からだと思うんだけれど、カタッと音がした。
 上からだとかなり音が響く、それに夜中だから余計に音が響くんだよね。
 「何時だと思ってるんだ、早く寝ろよムニャムニャ。」と、僕の独り言。

 朝、今日は明るくて暖かくて、すごく天気のいい一日だ。
 今朝の僕の散歩の相手は、ここの家のママだった。
 まぁ、ここの家のパパは、夜遅く(なのか、それとも朝早くなのか)まで起きてるから、起きられないんだろうな。
 でも、ここの家の長女は、すでに出勤済。
 いつもの朝の日課である散歩・足漱ぎ・朝食を終えた僕は、いつもの指定席に横たわり、思索に励む。
 そのころ、ここの家のパパが起き出してきて、何かカタカタとキーを叩くを音を立て始める。
 以前は朝早くから外出していたけれど、最近はほとんど外出することもなく、僕と同じように家にいて一体何をやってるんだろう。
 今は、音楽を聴きながら、パソコンの画面を見ている。
 今流れているのは、上原ひろみさんの『BEYOND STANDARD』。
 このCDの「レッドブーツ」(もともとはジェフ・ベックさんの『ワイアード』に収録されている。)には、ぶっ飛んだ。
 このCDちょっと壊れているんじゃないのかなと思ったら、そうじゃなくて、上原ひろみさんが愛聴しているCDを忠実に再現しているんだって。
 すごくアクティブな音の渦に巻き込まれていくようで、僕の思索が途切れてしまった。

 そして、今流れている音楽は、梯剛之さんの『プレイズ・モーツァルト』このひとも、今話題の辻井伸行さんと同じく目が不自由な方である。
 もし、僕たち犬が、視力・聴力などの能力を失った時に、例えばあのヘレン・ケラーさん、福島智さんと同じような立場になったとき、それを受け入れて生き続けることができるのか?
 絶対、僕たち犬の場合、1匹では生き続けることなんかできない。
 人間の場合だって、絶対1人では生きていくことなんて出来ない。
 まず、自分に起こった現実を受け入れるだけの勇気があるかどうか?
 それから、周りの人たちの理解と協力が得られるかどうか?
 それを行政がバックアップしてくれるかどうか?
 ある特殊な力を持っていれば(その力を持つための努力は、並大抵のものでないとは思うけれど)別だけれど、その力さえ持っていなかった場合、「自助努力が足りない。」「自立できていない。」って、誰が言えるのだろうか?
 それは、外から見てすぐわかる障害だけじゃなくて、目に見えない障害っていうのもきっとある。
 だけど、第三者には見分けにくいものだから、「そんなものはない。」と言い切られる。
 それに対して、「そうじゃないんだ。」といっても、なかなか理解してもらえない。
 そんな誰にも聴き取ってもらえない小さな声がたくさんあるんだけれど、誰にも聴き取って
もらえないんだから、「そんなものはない。」とも言い切れないじゃないかと思う。

 人の善意を悪用する一部のひとがいる。
 結構その人たちの方が、金儲けがうまいし、才能・能力などもあるから、今の社会の上の方にいるんじゃないのかな。(そして、ある生物学者の話だと、生物にとって遺伝の影響が相当あり、人類皆平等なんて幻想に近いってことらしい。生まれる前から、既に半分は決定済だなんて信じたくないけれど・・・。)
 そういう悪意のある人から騙されたり傷つけられたりしても、全てそれを受容・許容できるほどの器の大きな人になれればいいけれど、それもなかなか難しい。
 でも、この国は、そういう人ばかりじゃなく、無名といわれた人たちが、自己犠牲で多くの貧しい人・病気の人を救うために力を尽くしたって言う話も残っている。
 特に、江戸時代は「講」という参加する人が皆協力し合う仕組みっていうのが、あったらしい。
 今も、どこかでひっそりとあるのかもしれないけれど・・・。
 大半の人は、頭で思っていても、なかなか行動に起せない、行動をを起す前に、挫けてしまう。
 だから、そういう行動をした人たちのことが、後世まで語り継がれてきたんだろうなぁ。
 「いや、それができないのも人間なんだ。人間は弱いもんだから。」ていう免罪符を受けるのも、なんか情けない。
 じゃあどう生きれば、いいのかなぁ?
 と、庄司薫さんの「薫くん四部作」「狼なんかこわくない」読んで、それにかなり影響をうけたここの家のパパの「愚かな男の独り言」を聞く羽目になってしまた。
 まだまだ、独り言は続くみたいだけれど・・・・・。
 
 そんなこと考えてないで、「散歩に連れて行ってよ。」と、少し鼻に掛った声で催促をしている僕です。