つぶやき

やっぱり、うまく入力できないのは何故?

通信環境が悪い、iOSが古い、

 

と愚痴ってもしょうがない。

 

今まで、自分で言うのも変だけれど、結構いろんなジャンルの本を読んできたけれど、結局何かの役に立つことは、今のところない。

というか、情報が身についていないようだ。

 

ただ、読んだ本の影響かもしれないけれど、わが国の行方に不安が募るばかりだ。

戦前の思想が亡霊のように、目の前に現れ、全体主義って過去の遺物だと思っていたのに、教育の現場では、30年前から全体主義の亡霊が現れ、20年前には、国家斉唱を立って歌わないと、教師は業務命令違反として、減給処分になっていたとのことです。

 

戦時中の強制労働等によって、今も精神的・肉体的に苦しんでいる人がいるってことを知る。

戦後補償を訴えた人たちは、悉く敗訴している。

それも、戦時中には国家賠償の考えはなかったという理屈で、請求が却下されるというのは、やりきれないです。

かと言って、私に何ができるかと言われると、謝罪しかないです。

 

「無知は、犯罪だ。」という言葉に遭遇して、その通りだと納得している。

しかし、今までの学校教育の中で、戦争犯罪について、系統的に学んだことはないと記憶する。

周りの大人たちも、戦時中の話は、悲惨な窮乏生活についての話が、ほとんで、戦地でどういうことが行われていたかということは、聞かなかった。

 

ただ、母親からだと思うが、敗戦の時に、米軍が襲撃してくるから、女・子供は山に隠れろという流言が広がったということを聞いた覚えがある。

 

野田正彰氏の著書を読み、「日の丸」「君が代」関連の本を読んでいる。

と、同時に野田正彰氏の…

 

やっぱりうまく入力できない。

たったこれだけで5分以上かかる。

 

通信環境かiPadのOSがふるいからかな?

 

はてなダイアリーから乗り換え。

 

はてなダイアリーが終了するということなので、こちらに軸足を変えることにしました。

それに伴って、はてなダイアリーをインポートすることも。

以前使った時は、途中で入力できなくなったりしたけれど、今回はスムーズに入力できる。

かなり、使いやすくなったようです。

ただ、使い勝手がわからないというのが、現状の課題です。

これも使い慣れてくれば解決するとは思います。

 

 

知らない事が多すぎる。

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福島第一原発の元所長さんの愛読書が、道元禅師の「正法眼蔵」だったとのこと。
あの原発事故の際に手元に置いていたという情報を得て、地元の図書館に「正法眼蔵」を探しに行った。
現代語訳とか岩波文庫とかありましたが、以前読んだ事のある恐山にあるお寺の住職である南直哉氏の「正法眼蔵」を読むを見つけたので、読んでいるのですが、やっぱり理解しづらいです。

『正法眼蔵』を読む 存在するとはどういうことか (講談社選書メチエ)

『正法眼蔵』を読む 存在するとはどういうことか (講談社選書メチエ)

道元禅師の話 (岩波文庫)

道元禅師の話 (岩波文庫)

南氏本人も述べてますが、自分の解釈は、これまでとは、かなり違うとのことです。


と言われても、これまで「正法眼蔵」の文章を目にした事がないので、違いはわかりません。
並行して里見紝氏の「道元禅師の話」も読んでます。
里見紝氏の作品は、記憶だと、これまで一度も読んだ事がなくて、初めてではないかと思います。
結構自虐ネタが混じっていたり、独り言的な感想が混じっていて、「その通り」と、拍手を送ってます。

というように、仏教には、前々から関心があったのです。
坐禅の「無我の境地」っていうのは、「離人症」的な状態なのかと、不謹慎にも思ったりしてます。
たまたま、精神科医木村敏氏の本を読んでたものですから、つい「離人症」の症例と坐禅が求めている状況が、似ているなと思ったものですから。
離人症」という精神病理があるという事に、結構驚いてます。
外面からは、分かりづらい病気です。

加川良さん、亡くなっていた。

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1年前に加川良さんが、亡くなっていたのを知り、少し驚いています。
「教訓Ⅰ」を初めて聴いた時から、実にいい歌だと思い、すぐにレコードを買った。
当時は、吉田拓郎さんと人気を二分するとか言われていたけれど、いつの間にか、名前を聞かなくなってました。
音楽活動は、ずっとされていたようですが、マスコミで取り上げられることは、なくなったようでした。

たまに、YOUTUBEの投稿を見て、今も活動されているのだと思ってたのですが…。
「伝道」っ楽曲は、ディランの「風に吹かれて」のメロディーラインに何となく、似ているのじゃないかと、ふと思った。
似ているといえば、BEATLESの「HERE THERE EVERYWHERE」と、井上陽水さんの「帰れない二人」のメロディーラインが少し似ているなぁと、

折り紙

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自分のことながら、これほど長く生きるとは、思わなかった。
南方の島から帰ってきた時は、ほとんど骨と皮状態だったのに。
他の人と違って、自動車部隊だったから、なんとか生き延びられたんだろう。
この歳になると、もう何かをするということもなかなったから、こうやって折り紙を折っているんだ。

2週間に一回は、病院に行かないといけないいんだと、彼は、腰にぶら下げたストーマに目をやった。

病院に行くと、小さな子供が、待合室で退屈そうに待っているのを見たんだ。
それで、僕は、折り紙で作った独楽をその子にあげようとしたんだけれど、その子は、僕が怖い人に見えたんだなぁ。
それで受け取るのを拒否したんだ。
まぁ、最近の風潮だと、子どもたちは、知らない人から物を貰っちゃいけないっていう教育を受けているから、その子たちにしたら、ごく当たり前の態度だったんだろうなぁ。
と、彼は、言っている内容と違って、かなりショックを受けたように見えた。

たまたま、その光景を見ていた看護婦さんが、私に、私が間に入って、私の方からあの子にこの折り紙を渡してみましょうと、私の思いを汲み取ってもらえた。
それで、その看護婦さんに、暇に任せておった折り紙で折った独楽を渡した。

次のストーマの取り換えの時に、この前の看護婦さんから、あの折り紙で作った独楽は、子どもたちに大評判でしたよと、嬉しくなる報告を受けた。

それで、お願いなんですけれど、他の子どもたちも、あの折り紙で作った独楽とかカエルが欲しいと言い出しちゃったんです。
それで、大変だとは思うのですがと、看護婦さんは、手にしていたビニール袋から何かを取り出して、私の前のテーブルに置いて、他の子どもたちのために、折ってもらえませんかと、新品の折り紙3セットを置いたんだ。

まぁ、私の方から働きかけたことだから、断るわけにもいかず、困っちゃったよと、言葉とは、裏腹にかなり喜んでいるように見えました。

その次のストーマ交換のために通院した時のことなんだ。
僕が、介護タクシーに乗って、ショートステイ先に行こうとした時、タクシーの窓を叩く子が居て、よく見ると、この前、私が作った折り紙を受け取り拒否した子だった。

たったそれだけのことなんだけれど、私にとっては、とてもいい時間をありがとうと声を張り上げたくなったよ。

自分のことながら、情けない。

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昼過ぎから地元の図書館に出かけた。

面白そうだと手に取り即借りて、家に帰って、「本が好き」アプリに新規に登録しようとするが、登録できない。
なぜ?
で、その本の感想を開くと、何と5年前に既に読破して書評をアップしてました。
ということは、既に読み終えた本なのです。
しかし、私の記憶には、全く読み終えたという認識がない。
でも、記録が残っているのだから、記録の方が事実だと認めるしかないです。

最近、こういうことが多い。
一度読んだはずなのに、全く読んだ記憶の痕跡がないというのは、自分のことながら「実に情けない。」
「呆け」っていうのは、こういう状態のことを言うんでしょうね。

で、さっきの本ですが、自分が書いた書評を見ると、読み終えた当時も、本の内容を十分に理解していなかった模様で、適当な感想文を書いてます。
ということは、時間をかけて文章には目を通したけれど、ほとんど理解できていなかったから、また同じ本を選択したってことです。

ただ、自分の中では、こういう分野に興味があるってことなんだということを再認識した次第です。

いつからこういう分野に興味を持ち始めたんだろうと、思い返してみると、学生時代からのようです。
ただ、あの当時は、自分でもはっきりとした自覚がないまま漠然とした興味だったようです。

今も漠然とですが、「人間とは」という凄く漠然としたものに、興味を持っていることに気付きました。