〔随感日記〕成熟者が描く未来図とは、

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 昨日紹介しました平川克美著「経済成長の病」を読み終えました。
 同書の最終章に記載された最後の数行は、下記の通りです。
 「老いは退行であり、忌むべきものである。ゼロ成長モデルはうまくいかない。
 そう思うのは、老いもゼロ成長もまだ経験したことのない、未来だからである。
 (略)国も私も十分に成熟したからであり、成熟こそ私たちが若さと引き換えに得た、貴重で信ずるに足る資産だからである。
 成熟した未来図を成熟した大人が描く。
 その作業をひとりひとりが、はじめてみてもよいと思う。」(P234−235)
 
 この文章に触れて、「あなたなら、どういう未来図を描きますか」という質問を喉元に突きつけられた感じだ。
 誠に情けないことですが、「未来図が描けない自分」を発見して思考停止状態です。
 
 じゃあ、私の先輩たちは、どういう未来図を描いたのだろうと、先輩たちの行動を見渡してみる。
 そこで、見つけたものは、
 ■ 私同様に再就職先を見つけるための就職活動をし、生活費を得るために毎日を生きている人たち。
 ■ 退職後の自分の場所が自宅および地元にないことがわかり、居場所作りのためにNPO法人を立上
   げ、そこで同世代の人たちと共生している人たち。
 ■ 地元地域の高齢者等の支援とうのボランティアに尽力する人たち。
 ■ 今までの経験を活かして、生涯教育の講師として活動をする人たち。
 ■ 事業型NPOを立上げ、同世代の方たちと自分たちのビジネスを展開している人たち。
 ■ 起業して、自分の理想を求める人たち。
 ■ 近場の公園に出向き、囲碁・将棋に勤しむ人たち。
 ■ 地元の地域センターに出向き、入浴や同世代の方たちとコミュニケーションしている人たち。
 ■ わが国のベスト&ブライテストの人たちの行動は、私が住む世界とは、別世界なので実際に目にすることはないので、わからない。
 ただ、メディアを通じて知る所では、社会貢献に尽力されている方々非常に多い。
 日々の生活費に困惑している者にとっては、なかなかできないことである。
 後に続く後輩たちに、本来であれば夢の持てる未来図を描かなければならない責任があることを感じながら、その責任を果たせない自分の未成熟感をひしひしと感じています。